依田一義の不動産blog

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依田一義のエネルギーコラム ~福島新エネ社会構想~

安倍総理が3月5日に福島県を訪問して、「福島新エネ社会構想」をぶち上げた。福島県再生可能エネルギーから燃料電池車1万台分に相当する水素を作って、2020年の東京オリンピックパラリンピックで活用するというものだ。官民一体の「構想実現会議」を3月中に設置して具体的な検討を開始する。

福島第一原子力発電所の事故による放射能汚染の影響で、いまだに帰還困難区域が広い範囲に及んでいる。そうした状況の中で福島県を水素エネルギーの一大生産地に発展させて、国が目指す水素社会の先駆けの地として復興させる狙いだ。と同時に水素関連の先端技術を数多く開発して、新たな成長産業として世界市場に拡大させるもくろみもある。

CO2(二酸化炭素)の排出量を抑えた低炭素な水素社会を実現するために、さまざまな分野で技術開発プロジェクトが始まっている。再生可能エネルギーの電力や熱を利用してCO2フリーの水素を製造する技術から、水素を大量に輸送する「エネルギーキャリア」、さらには燃料電池や水素タービンによる発電技術、燃料電池を搭載した自動車・バス・船の開発も進んできた。

その中でも水素社会を実現するうえで最大の課題が「エネルギーキャリア」の構築だ。水素は化石燃料再生可能エネルギーから大量に作ることができるが、常温・常圧では気体のため、大量に運搬・貯蔵することがむずかしい。解決策は超低温で液化したり、特殊な液体に溶け込ませたり、あるいはアンモニア(NH3)に変換して発電に利用したりする方法がある。

すでにアンモニアを利用した燃料電池や発電機の開発は進んでいる。水素を使った燃料電池と同等の性能を発揮する出力200W(ワット)のアンモニア燃料電池のほか、ガスタービン発電機を使って40kW(キロワット)級のアンモニア専焼発電にも成功している。

エネルギーキャリアのプロジェクトを主導する内閣府は2016年度も引き続きアンモニア燃料電池アンモニア専焼発電を中心に研究開発を推進するほか、太陽熱を利用した水素製造にも取り組む計画だ。CO2フリーの水素を安価に製造・利用できる技術と組み合わせて、2020年の東京オリンピックパラリンピックで低炭素な街づくりのデモンストレーションを実施する。

 

最先端の科学技術で水素を安く製造

エネルギーキャリアの研究開発は内閣府の「SIP(戦略的イノベーション創造プログラム)」として取り組む一方、関連する技術の研究開発を文部科学省経済産業省環境省が連携しながら推進していく。

文部科学省では理化学研究所が「エネルギーキャリア製造次世代基盤技術」を開発中だ。具体的には2つの研究テーマがある。1つは「中性の水を用いた水分解による水素の創出」だ。CO2フリーの水素は水を分解して作る方法が一般的だが、分解の工程で希少金属を使う必要があるなど実用化に向けた課題が残っている。

そこで希少金属を使わずに、雨水や海水といった自然に入手できる中性の水を原料に使って水素を製造する。植物は光合成の過程でマンガン(Mn)を触媒にして水を分解する特性がある。それと同様の反応を酸化マンガン(MnO2)で起こして、中性の水を効率的に分解できるシステムを開発する取り組みだ。

もう1つの研究テーマは「省エネルギーな革新的アンモニア合成法の開発」である。気体の水素を液体のアンモニアに変換するためには高温・高圧の条件を作り出す必要があり、大量のエネルギーを消費してしまう。代わりに窒素(N)とチタン(Ti)を使って常温・常圧で水素からアンモニアを合成することが可能だ。理化学研究所は合成に必要な反応効率を向上させながら製造技術の実用化を目指す。

同様に水素製造の分野では、経済産業省が低コストで水を電気分解する技術の開発を進めている。2014~2022年度の9年間かけて実施する「革新的水素エネルギー貯蔵・輸送等技術開発」のプロジェクトで、アルカリ水などを利用した水素製造技術を開発中だ。さらにエネルギーキャリアに関連する液化水素タンクの大容量化を通じて、水素の供給コストを低減して水素社会の拡大を促進していく。

 

大都市と地方に水素サプライチェーンが広がる

水素を利用する取り組みでは、家庭や企業向けの燃料電池燃料電池車を経済産業省が普及させながら、燃料電池を搭載したフォークリフトやゴミ収集車の実証プロジェクトを環境省が担当する。

すでに燃料電池フォークリフトの実証試験を関西国際空港で開始した。ゴミ収集車は2015年度中に詳細設計を完了して、2016年度に実証試験を開始する予定になっている。このほかに環境省長崎県五島列島で、洋上風力発電で作った電力から水素を製造して燃料電池船を走らせる実証試験を実施済みだ。

東京オリンピックパラリンピックでは、海上の交通手段として燃料電池船を導入する計画もある。ただし海上の大気中に含まれる塩分が燃料電池の性能を劣化させる可能性があるほか、船の揺れや衝撃によって燃料電池が破損することも考えられる。このため国土交通省燃料電池船の「安全ガイドライン」を2017年度までに策定して、塩害対策や衝撃対策を徹底させる方針だ。

2015年度に入ってからCO2フリーの水素を製造・利用する取り組みが全国各地に広がってきた。代表的な事例は環境省の支援による水素サプライチェーンの実証プロジェクトで、神奈川県の横浜市など5カ所で進んでいる。

横浜市ではトヨタ自動車が中心になって、風力発電所の電力で水素を製造する計画だ。製造した水素はトラックで臨海部の倉庫や工場まで運んで、燃料電池フォークリフトに供給する。2016~2019年度の4年間で実証に取り組む。

再生可能エネルギーが豊富な北海道では2つの実証プロジェクトを予定している。酪農が盛んな鹿追町(しかおいちょう)では、乳牛の排せつ物からバイオガスを精製するプラントが稼働している。このバイオガスから水素を製造して、周辺の畜産農家などに設置した燃料電池で電力と温水を供給する試みだ。

もう1つのプロジェクトは白糠町(しらぬかちょう)にあるダムに小水力発電所を建設して、発電した電力で水を電気分解して水素を製造する。製造した水素は高圧の状態でトレーラーなどを使って近隣地域に輸送する計画だ。再生可能エネルギーと水素を組み合わせてエネルギーの地産地消を進めることで、広い北海道にも低炭素な街づくりを展開していく。